1日2食から1日3食へ。

1からブログにおこすのは手間だったので、断片だけ殴り書き。その場で思ったことと知ってることを書くだけで、推敲もしていない。


pool.hatenablog.jp


この記事を読んで。僕が書いた元記事とは話が全然違ってくるので、今回は歴史性の話。数人に読んでもらえればいいやと新設ブログ。


www.ikashiya.com


元記事。


・あさげ、ひるげ、ゆうげ
「け」、食事の「け」は興味深い。

御饌はすでにでているので割愛。

日本人の食事には「ケ」の食事と「ハレ」の食事がある。「ケ」の食事は日常の食事。「ハレ」の食事は特別な祝い事やお祈りの際の食事。

あさげ、ひるげ、ゆうげでいうなら、朝餉、昼餉、夕餉。餉はかれいとも読み、もとは乾飯。食事、おくるの意。

昼餉、夕餉はそれぞれ昼食、夕食だが、朝餉だけは特別。平安、清涼殿、天皇が食事をする部屋、朝餉の間。朝餉の御膳、つまり天皇が日常で食べる食事。朝夕2回あったが、どちらも朝餉。もちろん朝餉、昼餉、夕餉も使う。対となるのは大床子の御膳。儀式の際の正式な食事。こちらは昼の御座にて。朝夕どちらも。ちなみに夜の御殿が寝所。

関連して、食には供御という言葉も。天皇関連。


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あさげ、ゆうげ、ひるげの順に発売。正統なお食事タイムを朝と夕とする感覚や、「け」がお食事を意味する感覚は約40年前までは継続していたというよりは、商品開発時のネーミングにあたって、一般製の高い順から命名、飽くまでネーミングであり感覚があったわけではないと僕には思えた。(正統なお食事タイムを朝と夕とする感覚は後述)ホームページに「ネーミングの「あさげ」は「朝食」を意味する昔のことばである。」、「昔のことば」と記されてある。

昼のお食事が定着した時期はかなり新しい

正統なお食事と、それ以外の時間帯に何か口にする機会は分けて考えられているのかもしれない


諸説を見ていくと、上記の仮定はかなり正しいと思える。


・2食と3食
前提、諸諸諸諸諸諸説ある。

平安時代は2食。枕草子にも。
貴族の朝は早い。早朝に起きて軽食(食事とみなしていない)、その後出勤。短い勤務時間で終了。その後、朝ごはん(正式なやーつ)。これが10~12時だとか、7時出勤で4時間勤務だとしたら、帰って支度して正午あたりになる。昼じゃん。その後夕ごはん(正式なやーつ)が16~18時。3時起きともなればこの早さは納得がいく。その後場合によっては宴会(食事とみなしていない)があったり?


鎌倉~江戸時代
武士。中国から3食を「輸入」。身分の高いものから順に広がる。(中には頑なに2食としていた身分の高い武士もいたとか。でもたくさん食う)。輸入により形式が広まったとするものもあれば、腹が減っては戦はできぬと、戦場での食事(携帯食)からなったものや、戦のためや労働の長時間化を理由にあげるものも見つかる。たぶん総合的なもの。戦の激化によって平時3食になったという説も。

それから段々と、町人商人農民などに広まっていったとされる。

夜に明かりが普及してからの習慣

これもひとつの理由と考えられる。原料の確保、提灯などで需要増となり、和ろうそくの生産量が増加。ろうそく自体はかなり昔から。ただしある程度には高級品。だがろうそくだけではなく、魚油や菜種油を燃料とする灯り、囲炉裏など、灯りは多様化していったし、昔よりは手に入りやすくなった。時代劇などで燃料を節約する描写は良く見る。ただろうそくも時代と共に安くなっていき、3食の普及と照らし合わせると(ろうそくだけに)ある程度関連性が見られる。理由のひとつ。


これで終わりがち。平安時代~江戸時代である程度安定するまでの、農民がないがしろにされている。現代とは違い格差がはっきりとある。だから食事について語る場合は、各時代において階級別に述べなければ意味がない。そして農民は農繁期・農閑期でかなり違ってくる。だから難しい。


・時計の歴史と農民の食事
朝だの昼だの夕だの。晩だの夕だの夜だの。晩が何時で夕が何時で夜が何時だの。時計がなければ決まった時間に食事がとれないし、昔から全員が正確な時間の中で過ごしていると思いがちではないか。これめっちゃ長くなるので割愛。時計の歴史と食を見比べると面白いのでぜひ。でも当時の農民は正確な時間がわからない。だから日が昇ったらとか日が落ちたらとか、一区切りついたらとか、そろそろ休憩にしようかとか、「決まった時間」ではなかったと想像できる。軽食もあっただろうし。だから一般的に2~6食とされることが多い。これは農民個人の感覚や、集落の慣習、また豊作不作や、農繁期や農閑期でかなり開きがあると考えられる。


だから一般的にこの時代は2食だとか3食だとか、簡単に語ることはできない。でもある一定層においては「正統な食事」として2食から3食に変わっていった。それが普及したのが江戸時代である。


小話、相撲は2食。伝統なのか太りやすいからなのか。どちらの要因が大きいのか。たぶんかなり調べこまないとでてこない。


・晩ごはんと夕ごはんと夜ごはん
本文をよく読んでほしい。歴史性は面白いけど、夜ごはんが入った途端にあまり意味がなくなる。そして一資料からの引用で論じても、また意味がない。少し成り立ちに踏み込むならば、子供の語彙に晩がないゆえ、育児の過程で便宜上「夜」を用いることが考えられる。これは本文で述べている通り、既存の「晩ごはん」や「夕ごはん」と同等に妥当性があり、地域または家庭で自発するに難くなく、蓋然性があるという面である。そして「呼び名」として使われるにあたって、分解した語や語源はあまり加味されない。


という話でした。なんかまだ書き足りないけど、このへんで。いつか本ブログでもまとめようかな。